ミニストーリー@

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 よく晴れた昼下がり。
風に身を任せた雲が、うららかな陽射しをあびて滑っていく。


都会よりほんの少し離れたところに高坂内科は位置する。
近代的に、建物はガラスばりになっている。





そして今、ガラス越しに院内を見て、入ろうか迷う少女がいた。
彼女が迷うのも無理はない。




その病院には、患者が一人もいないようだった。
それどころか、ガラスの中は所狭しと花や木々が群生し、人の気配を感じない。






本当にやっているのだろうか?
診察時間は調べてきたつもりだった。
入って声をかけてみようか。返事がない場合はあきらめる。
だが、もし奥から人が出てきて、勝手に入ったと怒られでもしたら。

足がうろうろしてなかなか決心がつかない。






 そんな少女をよそに、晴が院長室の日当たりのいいところを選んで、医学書に没頭していた。
時たま「ははは…」と漏らす声から察するに、おおかた自分が書いた落書きで盛り上がっているのだろう。




診察室の奥の水道では葵がビーカーやら試験管やらを洗っている。
使ってそのままが山になっていて、晴が洗う気配もないので…いわゆる雑用である。

入り口の花瓶も洗おうと、待合室のとなりの廊下を歩く。
ふと葵の目に入る1人の少女。戸惑っている様子だ。
年齢は中学生くらいだろう。しかし身の丈が小さい。



めずらしく患者か…



葵は自動ドアをくぐって外に出た。陽射しがやわらかい。
少女は葵を見ると、はっとした顔を見せた。
白衣で察しがついたのかもしれない。

「…御用ならどうぞ。」

彼女に声をかけると、院内へ戻った。その後ろを足早に少女がついてくる。
葵は彼女に、診察室に入るよう促し、自分は院長室へ向かった。



「患者来てるぞ」

晴に言うと、彼はえぇーと驚き、一応医者であるため、行くべき場所へ駆けつける。
はァ、とため息をつくと、葵は洗い物を再開した。


ここ最近、4日くらいだが、患者はゼロだ。
そんなに小さい街でもない。病気に困っていないわけではないだろう。
高坂内科の他にもクリニックや総合病院がいくつか点在し、
住民は今までと変わりなくそちらに通っているようだ。

当然といえば当然かもしれない。
どうも病院としてのアプローチが足りてないように思う。
院長はなにやら夜中に起きているらしく、昼間眠そうなのだ。
上司がそんな態度なので、看護師も気が緩んでしまったのだろう。
患者が来ないのをいいことに、お遣いに出かけてしまっていた。

とても付き合いきれない連中だが、葵にとって嫌な存在ではない。
と、思わなければやっていけない。
そんなことを考えながら、診察室の会話に耳を傾けた。







どうやら彼女の病名は、背が伸びない病らしい。


「背が低いってことだけど、お父さんかお母さんにはそのこと相談したの?」
「はい、お母さんと一緒に行った病院では、問題ないっていわれました。」




晴はペンを置いて腕組みをした。
女の子の顔をちらっと一瞥する。

「これ、その時にもらった診察結果です。」

晴は、女の子が手提げから取り出した紙を受け取る。

低身長症であれば、同年代の子たちと比べて、
マイナス2SD以下で成長している。


渡された書類をみるに、若干平均は低いが、どこもその数値に至るものではない。
晴が「そう…」と書類を返しながら、なんとなく言葉を選んで質問する。


「それでどうして今日は、別の病院にきたの」

女の子は恥ずかしさで顔をあげようとしない。
「どうしても背が高くなりたいんです。
先生おねがい、そういう薬あるんでしょ。」




「大丈夫だって。そのうちのびるから。それに女の子は小さい方がかわいい。」

晴の曖昧な答え。
少女の方は「でも…」とトーンが低い。相当悩んでいるらしい。


彼女とは裏腹に、晴の方はいたって能天気に返す。
仕舞いには、靴のソコを上げたら…なんて言い出している。

「まじめにやれよ」

カーテンの向こうから葵の忠告。
受け入れなければアッパーが飛ぶだろう。
ん〜と腕組みをする晴。
うつむく少女。

晴が薬品の棚の前に立ち、再びん〜とうなる。
そしてついに、1つのびんを取り出した。
びんの中には黄色くて平たい錠剤がぎっしりつまっている。

そこから3錠ほど取り出して、透明な袋に入れると、少女に渡した。

「いい?この薬は効くかどうかひじょーに微妙な薬なんだ。だからあんまりあてにしないでね。
それから、あんまり悩まない事。カラダの事で自責しちゃだめだよ。
効果がなかったら、あきらめて。そのかわり、身長の低さをうまく使う方法を考えるんだ」

少女は、晴の言葉を聞くと、はい!と可愛らしく微笑んでみせた。

「お大事に」

晴は、彼女から診療代を丁重に断わり、見送って、
自動ドアが閉まる音がした後、はぁっと診察用の固いベッドにうつぶせになった。



「何の薬だったんだ?」
「んぁ?ビタミン剤だよ。ほっぺににきびあったから。」


葵と晴のカーテン越しの短いやりとり。
葵は始めから晴が薬品を与えるはずがない、と思っていたから、やっぱりな…と呟いた。




半分ほど片付いたビーカーを見て、晴にもう半分を洗わせようとした時、

「先生ー。ただいま戻りましたぁ。」

と、ロッテの声が響いたので、あきらめた。








※成長ホルモンや甲状腺ホルモンが不足していることなどによる低身長という病気があります

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